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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13809号 判決

原告 やよい観光株式会社

右代表者代表取締役 百間谷政信

右訴訟代理人弁護士 中野公夫

同 藤本健子

被告 大網公子

右訴訟代理人弁護士 原長一

同 小山晴樹

同 森本紘章

同 渡辺実

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し、金五五〇万円及びこれに対する昭和五四年一月一日から完済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 1につき、仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告及びその亡夫大網栄一(以下「栄一」という。また、被告及び栄一の両名を一括して「被告ら」という。)は、連帯して、昭和五二年九月一日から昭和五三年二月二八日までの間、多数回にわたり、渡辺良雄(以下「渡辺」という。)から金銭を借り受けていたが、昭和五三年五月二四日、右借受の最終的清算を目的として、被告らと渡辺との間で次の内容の和解契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一)  被告らは、右借受金の残額が六〇〇万円存在することを認め、これを昭和五三年六月から昭和五四年五月まで毎月末日限り五〇万円宛に分割して支払う。

(二)  被告らが、右分割金の支払を一回でも怠った場合には、当然に期限の利益を失い、直ちに残債務全額を支払う。

(三)  遅延損害金は年三割の割合とする。

2. 渡辺は、昭和五三年五月二六日、原告に対して本件契約上の債権を譲渡し、同年六月五日に被告らに到達した書面で右債権譲渡を通知した。

3. 原告は、被告らが1項の分割金のうち昭和五三年七月分以降の支払を怠り、同年一〇月三日、原告に対して期限の猶予を求めたので、被告らに対し同年七月分から一二月分までの分割金の弁済期を同年一二月末日まで猶予したが、被告らは右弁済期までになんらの支払もしなかったから、同年一二月末日の経過により残債務五五〇万円について期限の利益を失った。

4. よって、原告は、被告に対し、五五〇万円及びこれに対する期限の利益を失った日の翌日の昭和五四年一月一日から完済に至るまで年三割の割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実のうち、本件契約の性質が被告らの渡辺に対する債務の最終的清算を目的とした和解契約であることは否認するが、その余は認める。

2. 同2の事実のうち、原告主張の債権譲渡通知が被告らになされた事実は認めるが、その余は不知。

3. 同3の事実のうち、被告らが昭和五三年七月分以降の分割金の支払をしなかったことは認めるが、その余は否認する。

三、抗弁

1. 消滅時効

(一)  被告らは、ビルを建築し、これを賃貸して収益をあげる不動産賃貸業を営んでいたものであり、また、渡辺は、第三者から資金を借り入れて、その金銭を他に貸し付けて利益をあげる金融業を営んでいたものであるところ、本件契約における被告らの債務は、被告らの右営業資金を得るためになされた借受金の残債務である。

(二)  被告らは、右債務について、昭和五三年七月分以降の分割金の支払をしなかったから、同年七月三一日の経過により、当然に期限の利益を失い、同年八月一日から五年後の昭和五八年八月一日の経過により、商法五二二条による消滅時効が完成した。

また、仮に被告らが、昭和五三年一〇月三日に本件契約上の債務の承認をしたとしても、同日から五年後の昭和五八年一〇月三日の経過により右時効が完成した。

(三)  被告は、右時効を援用する。

2. 相殺

(一)  被告らは、別表(一)ないし(三)記載のとおり、渡辺から貸付を受け、右貸付について利息制限法所定の制限利率を超える利息を支払ってきた。右超過利息の合計額(別表(二)、(三)については元本に充当後の残額)は、六三四万三二〇二円である。

(二)  被告は、昭和六二年二月五日の本件口頭弁論期日において、右超過利息の返還請求権をもって原告の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも争う。

五、再抗弁

1. 期限の猶予

原告は、請求原因3に記載したとおり、昭和五三年一〇月三日に、本件契約上の同年七月分ないし一二月分の分割金支払債務の期限を同年一二月末日まで猶予した。

したがって、原告が本訴を提起した昭和五八年一二月二八日までには被告主張の消滅時効は完成していない。

2. 債務の承認

被告は、昭和五四年七月九日付けの書簡で、原告に対し、本件契約上の債務を承認した。

3. 超過利息の返還請求権の放棄

本件契約は、被告らと渡辺の間の債権関係の最終的清算を目的としたものであるから、仮に渡辺に過去の貸金に関して支払われた超過利息の返還義務があったとしても、被告らは本件契約締結時にその返還請求権を放棄した。

六、再抗弁に対する認否

再抗弁事実は、いずれも否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実は、本件契約の法的性質の点を除いて、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、渡辺は、昭和五三年五月二五日、原告に対し、本件契約上の債権を譲渡したことが認められ、渡辺が、同年六月五日に被告らに到達した書面で、右債権譲渡の通知をしたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件契約の法的性質についての判断は暫く置き、同契約上の債権の消滅時効を主張する被告の抗弁を検討するに、〈証拠〉によれば、被告らは、新宿区愛住町にビルを二棟所有し、これを店舗等に賃貸する貸ビル業を営んでいたものであるが、その経営資金を調達するために、知人の紹介で渡辺から昭和五二年二月ころから昭和五三年四月ころまでの間数十回にわたり金銭を借り受け、そのうち昭和五二年九月一日から昭和五三年二月末日までの借受金について、残額の確認と弁済方法等を約したのが、本件契約であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件契約上の債権についての消滅時効は、商法五二二条により五年間と解されるところ、本件契約に被告らが分割金の支払を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を失い、直ちに残債務全額を支払う旨の約定があること及び被告らが昭和五二年七月分以降の分割金の支払を怠ったことは、当事者間に争いがない。

ところで、右のようないわゆる過怠約款の付された割賦払債務の消滅時効の起算点については、解釈に争いのあるところであるが、当裁判所は、債務者の期限の利益喪失について債権者の請求を要件とする約定の場合は、右請求のあった時から時効が進行するが、本件のように債権者の請求を要件とせず、一回の不履行により当然に残債務の期限の利益を喪失する旨の約定の場合は、右不履行の時から時効が進行すると解するのが相当と考える(最高裁判所昭和四二年六月二三日判決民集二一巻六号一四九二頁、最高裁判所判例解説民事編昭和四二年度三〇八頁以下参照)。

そうすると、本件契約上の債権については、被告らが昭和五三年七月分の分割金支払を怠ったことにより、同年八月一日から前記時効期間が進行すると解することができる。

三、そこで、右時効についての再抗弁を検討する。

1. 〈証拠〉によれば、被告は、昭和五三年一〇月三日に原告を訪れて、原告に対し、同年七月分から九月分の分割金について、改めて借用証を差し入れた事実が認められる。

しかし、右の際に同年七月分から一二月分の分割金の支払を同年一二月末日まで猶予したとの事実について、原告代表者はこれに沿う供述をしているが、右供述は、被告が原告に差し入れた右借用証にその旨の記載がないこと、被告本人尋問の結果(第一、二回)はこれを否定し、同年一〇月以降も本件債権の譲渡人の渡辺から本件契約上の債務の履行の督促を受けていた旨供述していることに照らして直ちに措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2. 次に、原告代表者本人尋問の結果により「五四年」の記載部分は原告代表者の作成によることが認められ、その余の部分については〈証拠〉によれば、被告は、昭和五四年七月九日付けで原告宛に書簡を郵送し、右書簡中には、被告が住所を移転した旨の記載とともに「また近いうちに参ります」との記載があることが認められる。

原告は、右書簡によって、被告が本件契約上の債務を承認したと主張するが、右書簡には本件契約上の債務に関する記載は全くないのみならず、〈証拠〉によれば、当時、被告は、原告から本件契約上の債権の譲渡に伴う根抵当権の移転登記等に関し、承諾書の作成を求められていたが、債務の処理に関しては既に弁護士に依頼していることなどを理由に、右要求を拒絶し続けていたこと及び被告は、右書簡を出す前に原告代表者に会って生活上のことなどを話し、その中で被告が当時行っていた保険の外交について、原告が加入する話も出ていたことから、その件についてよろしくお願いする趣旨もあって、転居の連絡を右書簡でしたものであることが認められ、これらの点からすると、被告が右書簡で本件契約上の債務を承認したと直ちに認めることできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3. そうすると、本件契約上の債権は、前記のとおり昭和五三年八月一日から消滅時効が進行したが、1で認定した借用証の差し入れは、被告の原告に対する債務の承認と評価できるから、いったん右借用証が差し入れられた同年一〇月三日に右時効は中断したということができるが、右時点から五年間を経過した昭和五八年一〇月三日に、本件契約上の債権は時効により消滅したものというべきである。

四、以上によれば、原告の請求は、その余を判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺尾洋)

〈以下省略〉

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